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夜更かし

先日、両親から電話がきました
人口透析のおばあさんと息子さんが仮設住宅に当たったこと
おんぱの火葬が無事に済んだこと
食事がお弁当になったこと
姉の家が今月で取り壊しになること
父の体調がちょっとだけ良くないこと
自衛隊の方のこと
ボランティアの方達のこと
孫たちのこと
お風呂に入ったこと
まわりの皆さんも元気なこと


私からの報告もしました
携帯電話を買ったこと
両親へお見舞いくださった方へお手紙を書いたこと
手紙を書いた方からご丁寧なお返事をいただいたこと
日本の様子
うるさく鳴くので猫の菊蔵のことも少し
九州のこと
児玉清さんがお亡くなりになられたこと
こっちは梅雨入りしたこと
それから電話を切るときにお母さんに愛しているよって言いました

昨日と今日は雨でした
昨日の帰り、菊蔵のご飯がなくなりそうだったのでスーパーで買い物をしました
菊蔵ご飯、でっかいフキ、生ハム、カシューナッツ、
トマト、せり、炒りごま、いんげん、ケンちゃん豆腐、みょうが、
それから珈琲豆も買いました
雨の日の珈琲は香りが広がるのですきです
お店を出たら大雨になっていて
バックから飛び出たフキを見て
自分がフキを傘にしてる光景を思い浮かべてしまいました

フキは油揚げと一緒に炊きました
先の細いところはお味噌汁にしました
こどもの頃を思い出して、フキをストローにして
お味噌汁を少し飲みました
お行儀悪いですが、幸せを感じました

春はあっという間に終わってしまう気がしましす
緑の美しいこの季節は元気が出ます
緑の仲間たちを感じながら 丁寧に暮らしたいです


私が帰ったとき両親と同じ避難所にいたおばあちゃん
仮説住宅が決まったそうです
かめたろう君という大きな亀のぬいぐるみを大切にしています
朝「かめたろう君おはよう...」って言っていて
最初、小さい子供がいるのかと思っていました
かめたろう君がぬいぐるみと分かった時
ダメな私は泣きたくなりました

透析の方なので病院に通わなくてはなりません
かめたろうも一緒に病院に連れて行くか行かないかで
息子さんと喧嘩になっていたことがありました
切なかったです。
息子さんがいないとき
「おばあちゃん、かめたろう君かわいいですねぇ」って言ったら
ニコニコ嬉しそうに笑ってくださいました
1日寝たきりの状態だったので、戻ってから一番気がかりな方でした
おばあさんを思い出すと、今も胸がぎゅーって苦しくなります



被災地でお務めになっていらっしゃるかた
お怪我などなさいませんように

毎日感謝いたしております。ありがとうございます。
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by kikunomoyou | 2011-05-28 04:03  

ねこ

ねこの菊蔵 ちょっとだけ高くなってるとこが好き

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夜になってからもこうしてカラスや小鳥達を探しています

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by kikunomoyou | 2011-05-21 22:06  

ビックバン

両親がいる避難所には550人の方が避難しています

朝7時に放送があり、呼ばれた順に2階の支給場所へパンを受け取りに行きます

避難者は名前が書かれたカードをそれぞれ持っていて

支給の時は家族の代表者がそのカードを提示すれば人数分いただけます

夜は6時に同じ放送があります

夜はおにぎりと味噌汁、カップラーメンなどのが多いようですが

私が行った翌日の夜はボランティア方が豚汁を作ってくださっていました

この建物には体育館や2階に広場もありますが

両親が寝起きしているところは、建物1階の裏出入り口の所でした

出入り口なので少し広くスペースができています

その場所と通路に体育マットを敷きその上に毛布を敷いて生活をしていました

その一帯で一緒に過ごしている方は

Sさんご夫婦2人(70代)、

おばあさん1人(80代)、

人口透析のあばあさんと息子さん2人  

Kさんと息子さん2人

K,Sさん1人

両親と姉と姉の娘2人の5人。

畳一畳分くらいが だいたいひとりのスペースです

他にそれぞれの荷物が置かれていています

それほど圧迫感が感じなかったのは

皆さんの穏やかなお人柄だと思います

私が家族と話していてもほとんどの方に聞こえるので

最初は気を使いましたが

すぐ慣れてみんなで話すようになりました

両親のすぐ隣にいるkさんは女性で60代で全盲の方です

kさんの息子さんは少し離れた狭い長い椅子で寝起きしていました

お手洗いの時付き添がいるので通路沿いがkさんの場所です

お手洗いは決まった時間にヘルパーさんが来て付き添っていました

それ以外の時は姉が付き添ったりしていました


Kさんが、津波があった日のことを話してくださいました

Kさんの家は大川地区の長面という所にありました

その日はご主人と自宅に2人でいたそうです。

kさんのご主人は足が不自由で車椅子だったそうです

津波警報がなる中、2人は避難はせず家に残ったそうです

津波で家はあっという間に冠水して、一晩中体が水に浸かっていたそうです

kさんはご主人のことを「おとうさん」と呼んでいました

寒さで震えながらお父さんとずっと声をかけ合っていたそうでが

朝になってから呼びかけても、ご主人の返事はなかったそうです

翌日kさんは自衛隊の方に助けていただいたそうです

ご主人のご遺体はしばらくして4月に入ってから見つかって

同じ様にお亡くなりにになられた方達と、上品山という山で今は眠っているそうです

Kさんの手を握りながらこの話を聞きました

kさんは通路沿いのうえ、出入り口という最悪なところで過ごしていますが

kさんが1日を過ごす畳一畳分の場所から上品山が見えます

福岡に戻ってからもお父さんに毎日手を合わせることを約束しました。

kさんは本当に穏やかな方で、ユーモアもあってとても素敵な人でした。

私が帰る前の日、杖を使ってお手洗いまで行けるように練習を始めると言っていました

どんなところにいるかも分からないKさんにとって、とても勇気のいる事だと思います

今頃はあの通路を杖をついて歩いているだろうと思います




K.Sは雄勝町出身で私の小、中学校のひとつ下の後輩です

両親とおじいさんをこの津波で亡くしたそうです


書こうか迷いましたが、K,Sは昔から少しだけですが知的に遅れがありました

避難所ではずっとおしゃべりをしていました、ひとりでいる時もです

昔はおとなしいイメージでしたが、活発な感じの子になっていました

大人になって性格が積極的になったのか

ご家族を亡くされて不安定になってしまったのか分かりません

どちらにしても、辛い現実です

私の父を「おじいさん、おじいさん」と慕っていてくれたのが

とっても不思議な感じがしたけど、自分が救われた気がしました


K.Sは姉の子供や回りの方に暴言を吐いたりした時期があったそうです

暴言の内容はとても許しがたく、とても悲しいものでした

でも、誰が責められるでしょうか…

K.Sのことは両親を含めた回りの老人達が静かに暖かく見守っていました


避難所で父は5時半に起きて出入り口や外を一通り掃除します

そして前日に出たゴミを集めてゴミ捨て場に持って行きます

父は仕事のように思っているようで、生き生きと掃除をしていました

みなさんは父へお礼を言いつつ、父を見守ってくださっていました

本当に信じられないほど暖かい人達なのです

母は宮部みゆきさんの模倣犯を4まで読んでいました

みんな避難所の生活が日常になっていました

自衛隊の方、ボランティアの方、対策を進めている日本政府、

義援金くださったたくさんの方々。

全て皆様のご尽力や暖かいご支援で、両親達は生活をしております。

あなた様のおかげです。

あり難く、あり難く、感謝です。

避難所のこと、ブログに書くつもりは全然なかったのですが

福岡に戻ってからも心はごっそりあちらに向いたままです

なので、時々書かせていただこうと思います

それから、ねこの菊蔵のことや、ちっぽけな私の日々のことも…
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by kikunomoyou | 2011-05-19 20:35  

ねこ

d0200911_2281371.jpgうちのねこ 菊蔵

福岡に引っ越してきたとき

カラになったダンボールに

クレヨンで描きました

絵に描かれている猫は菊蔵です

菊蔵はこんな感じの模様です

部屋飼いの菊蔵が寂しくないように、

ご飯の場所に貼っています

菊蔵の顔の模様は少し変わっています

kikunomoyouです
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by kikunomoyou | 2011-05-17 22:26  

戻りました

こんにちは お元気でしたか?

帰っている間もたくさんの方がアクセスしてくださっていたので驚きました

ご心配くださり 心から感謝いたします

ありがとうございます

避難所に行き両親、姉家族に逢って来ました

両親も穏やかに元気に過ごしていました

お世話になっている避難所は 

テレビで見るようなイメージそのまま避難所でした


雄勝町にも行ってきました

トンネルを抜けて だんだん雄勝の町が見えて来たとき 

もう本当に恐ろしかったです 

体の震えが止まらなくてしばらく取り乱してしまいました

家があったところまで行き

近所の方がたくさん亡くなったので

お供えをして しばらく手を合わせていたら

気持ちも落ち着きました

やっとこれたと思い、心からホッとしました

ただあの光景は 忘れられません 絶望的でした


小さい町なので殆んどの方が顔見知りなので

知っているひとに会えばご挨拶をしましたが 

会う人会う人家族を亡くしている人でした

かける言葉が自分でも情けなくなるほど出てこないので

あとは下を向いて、車の中でもずっと帽子で顔を隠していました

良くなかったと今は後悔しています…


福岡に戻る日 専修大学発 仙台行きのバスで帰ってきました

専修大学まで両親と姉が見送りに来てくれました

バスに乗ってすぐ発車したので 手を振って別れました

見えなくなったのでこっそり泣いていたら 

バスはロータリーを回っただけで

3人に泣いている所を見られてしまいました

泣いている私を見て3人とも笑っていたのですが

改めてすぐ発車になったとき

開けていた窓に 父が手を伸ばしてきたので握ったら

すごい力で 私の名前を泣きながら呼んでました

頑張ってね、大丈夫だから心配しないでよ。

って言っていました

手が離れてからも バスを小走りで追いかけてました

父は数年前に脳梗塞していて 少し足が不自由です

肝臓もあまり良くないそうです

父の涙は初めての事です

父の体はここ数年で半分になってしまいました

一人バスの中で みんなを捨ててしまったような気持ちになって

父の手の感触がまだ残っていて

たまらない気持ちで 胸が張り裂けそうでした


父のためにも 母のためにも

悲しんだりするのは極力やめなくてはと思いました

明るく、笑顔で過ごすよう努力しようと思います

私は雄勝町で家族から深く愛されて育ったのです

今私が幸せに暮らす事はとても重要なのです
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by kikunomoyou | 2011-05-12 14:14  

帰省します

今日から宮城に行ってきます

先日 3年ぶりに美容室に行きました

美容師をしていたことがあるのですが

美容室はとても苦手です

髪はあっという間に腰まで伸びていました

向こうで髪を洗うつもりはないのですが

万が一に備えてほどほどに切りました

さっぱりしました

向こうで必要になるものは買い揃えたつもりですが心配です


雄勝町の立浜地区に仮土葬されている方々が眠っています

まずはそちらに行きたいです

できればたくさんの花をお供えできたらと思っています

それからやる事をやろうと思います


ここを見てくださり 暖かいお言葉をくださったかた

ご心配くださったかた 

ありがとうございます

皆様 それぞれの想いがおありかと思います

生意気ではございますが

自分も含めて それで合っているんだと思います


お父さん、お母さんに ちゃんと目を見て

「安心して」って言ってあげたいです


連休ですね 皆様お元気にお過ごしくださいね。
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by kikunomoyou | 2011-05-04 05:27